10月29日、モーニング娘。の中心メンバー、鞘師里保の年内卒業が発表された。あまりにも唐突な知らせに、ファンのみならず、アイドル界全体に大きな衝撃が走った。その日の公式ブログで、「英語やダンスを学ぶために留学を考えている」とコメントした鞘師だが、「英語やダンスのために卒業する」とは言っておらず、明確な理由は語られていない。

 今後数年間は、「不動のセンター」としてグループを牽引し続けるだろうと見られていた鞘師が、なぜ今、このような形で卒業していくのか!? 当世のアイドルたちにとって避けては通れない「卒業」に目を向けるとき、アイドルという職業の厳しさを、さらにはアイドルという職業に就くひとりの女性の人生を思わずにはいられない。

 「早すぎる…このままじゃ亡霊になってしまう…」

 突然のニュースに驚きを隠せない様子でツイートしたのは、ハロプロファンとしても知られるHKT48の指原莉乃だ。そのほかにも、元SKE48の松井玲奈、NMB48の薮下柊、SUPER☆GiRLSの渡邉幸愛らが、グループの垣根を超えて鞘師の卒業発表にコメントを寄せた。そこには、同じアイドルとして深く考えるものがあったのかもしれない。

 1980年代、「おニャン子クラブ」がひな形を作り、今ではごく一般的な手法となったアイドルグループの卒業システム。モーニング娘。においては、99年に卒業した福田明日香以来、数多くの卒業と加入を繰り返しながら、成長と進化を遂げてきた。自ずと、彼女たちを応援するファンにも、卒業というショックへの耐性はそれなりについている。そんな“娘。ヲタ”をしても、今回の卒業発表は受け止めきれない様子だ。納得し難い点が多すぎるのだ。

 まず、「順番」として、次の卒業者に鞘師の名が上がるとは、誰も思っていなかった。なにかしらの戦略から、今、鞘師を卒業させるにしても、年明け1月2日のハロー!プロジェクトコンサートで発表し、その後、ラストシングルをはじめとする「卒業ビジネス」をたっぷりと行い、春のモーニング娘。全国ツアー最終日に卒業させるのが妥当なやり方だ。それが、たった2か月後のカウントダウンコンサートで幕引きとは、火急すぎる。鞘師が立ち続けたセンターポジションの後継者は育っておらず、さらには「先に発表していたアンジュルム・福田花音の卒業が霞んでしまう」という声も。

 これでは、所属事務所にも一切の得がない。つまり、そうせざるを得ない切迫した事情があったということだ。卒業が決定するまでには、当然、鞘師の親も含めた話し合いが行われたはず。モーニング娘。加入前から広島アクターズスクールに通わせていた親が、芸能活動そのものに反対はしないだろう。ありがちな銭闘的な話も、今さら考えにくい。それどころか、ここまで我が子を重用してくれた事務所には恩義を感じているだろうし、今後も芸能界に残るのなら、今が卒業の好機でないことは誰にでも分かる。

 親が万難を振り払って子を守ろうとする、それは子供の心や体を守るときだ。
 「走り続けている中で今後の人生を考えることが今年に入り多くありました。一人の人間として強く生きていくために経験しなければいけないことがあるのでは? と思うようになりました」

 10月29日の公式ブログで、鞘師本人は綴っている。小学6年生、たった12歳で加入した当初から、鞘師は「未来のエース」として特別なポジションを与えられてきた。それは、周囲から羨まれてしかるべき栄誉だが、同時に過大な重圧も未成熟な心身に与え続けていただろう。

 今年7月、体調不良を理由にコンサートやイベントを欠席した鞘師。休養明けに出演したラジオ番組では、「疲れ果てて、立ち上がれない状態だった。立ち上がれないというより、立ち上がりたくない。会社から休むように言われた」と語っている。またこの頃、久しぶりに家族で旅行に出かけ、「おかしくなりそうなぐらいに楽しかった。3食家族と食事ができて幸せだった」とも。

 今思えば、このときすでに鞘師は心身のバランスを失いかけていたのかもしれない。休養を取り、家族と過ごして快復をはかったが、根本的な解決には至らなかった。その結果の卒業という選択…と推することはできるが、あくまでも憶測でしかない。

 鞘師里保の卒業発表から2日後、生放送のスペシャル番組出演を最後に「全員卒業」という言葉を用いて、グループの活動に区切りをつけたアイドリング!!!。翌11月1日には、日本国憲法が暗唱できる“憲法アイドル”として人気を集めたAKB48の内山奈月が卒業を発表。昨年5月の襲撃事件が決断のきっかけとなった元AKB48の川栄李奈や、卒業公演の舞台上でグループ内のイザコザを見せてしまったDorothy Little Happyなど、本人やファンの胸に傷を残した卒業もあった。

 2015年、11月の現時点までに卒業を発表したアイドルは、メジャーどころからご当地アイドル系までを含めると、ゆうに300人を超す。毎日のように、どこかで誰かが卒業している今、アイドル界全体にとって「卒業」は、さほど特別なものではなくなったのかもしれない。しかし、アイドル一人ひとりにとって、卒業という節目は、その後の実人生においても大きな意味を持つ。

 ある調査によれば、2014年にグループから卒業した66人のアイドルのうち、約7割が「普通の女の子」に戻っていったという。卒業後も芸能活動を続けられる者は、たったひと握り。なかには、いったん卒業したものの、結局、グループに出戻る者や別グループに再加入する者も。それだけ、卒業後の道行きは平坦でないということだ。

 卒業発表直後、ラジオ番組に訪れた鞘師里保に対し、パーソナリティーの明石家さんまは「人生一度きりやからな。失敗なんか、本当はない。どこで自分の帳尻を合わせていくか」という言葉を送った。「青春のすべてを捧げた」とは、アイドルの卒業時に耳にしがちなセリフだが、事実、早くからこの世界で活動した者は、普通なら十代の頃に身につける一般常識や異性との接し方を知らないまま、体だけが大人になってしまう。

 アイドルにとっての卒業とは、一度きりの人生のなかで、取り返しのつかないところまで行き切ってしまわないための、「分岐装置」あるいは「安全弁」なのかもしれない。

【記事提供:リアルライブ】
情報提供元: リアルライブ