結婚の鉄の掟!絶対にやってはいけない「すっぽかし」


男が3日3晩続けて女のもとに通う……それが平安時代の結婚のルールです。これが守られない時、女性側はひどく名誉を傷つけられることになります。身分の高い相手であればあるほど、絶対にやってはいけないタブーです。


さて、落葉の宮の母・一条御息所は、夕霧が宮の部屋から朝帰りしたことを知り(実際は何もなかったのですが)、2人が男女の中になったと判断。彼の誠意を問う手紙を出しました。


しかし、その手紙は妻の雲居雁のイタズラによって隠され、やっと出てきたのは翌日の夜。結果的に、夕霧は2日目をすっぽかし、3日目の夜にも間に合わなくなってしまいました(実際に何もなかったので、御息所の手紙を読み解くまで、果たして花婿面して行っていいのか、夕霧には迷いもありました)。


小野の山荘で今や遅しと夕霧を待ち受けていた御息所は激しく落胆。せっかく少し良くなっていた病気もぶり返し、苦しい息の下から、そばで看病を続ける宮にこう言います。


思い込みの激しい母、内気な娘……母娘のもどかしい関係


「……この期に及んで嫌なことはいいたくありませんけど、これも運命とはいえ、なんという嘆かわしいこと。今更取り返しもつきませんが、今後も男性にうかつに近寄られるようなことはお慎みあそばせ。


私も及ばずながら皇女としてのあるべき振る舞いについてお教えしてきたつもりですが、しっかりしていると思っていた割に、子供っぽいところがおありになったのね。


臣下のものでさえ、女性が再婚するのはよろしくないこと。ましてや皇女というご身分で、こんないい加減なことが許されるはずがないのに……。柏木さまとのご結婚といい、これもやはり運命というものなのでしょうか。


柏木さまとの時は、私ひとりが反対でした。その後の薄情さに不満を持ちつつも、これも天の定めと諦めてきましたのに。夕霧さまとのことが発覚したら、あちら(頭の中将=柏木・雲居雁の父)はどのように思われるか。


それでも夕霧さまが誠意を尽くしてお世話をしてくださるのであれば、時が立つにつれ自然と丸く収まっていくだろうと思っていたのに。まさか、あの方がこんなに不誠実な方とは……」。


御息所は宮と夕霧との間に既成事実があると思いこんで、「それなら結婚!結婚なら3日間必ず来なきゃならない!なのにあの人はどうしてこないの!?ひどい!不誠実!!」と嘆いているわけですが、当の宮はまた違った想いを抱いていました。


彼とは何もなかったんだし、来てほしいとも思わない。世間にあれこれ取り沙汰されるのは嫌だけど、私は誰とも再婚するつもりはないのだから、と。


しかし引っ込み思案の宮は、思い込みの激しい母にはっきりと本当の気持ちを伝えられません。ただこうまで母を追い込んでしまったことが悔やまれて、涙が溢れるばかりです。うーん、もどかしい!!


「今夜も来ない」に絶望!怒りの中に息絶える母


ほろほろと涙を流す宮を、御息所は愛おしそうにじっと見つめ「ああ、どこが人に劣っていると言うの。そんなところはどこもおありにならないのに……こんな不安定な辛い因縁のご運命で」


と、言うか言わないかのうちに、御息所はまた発作に襲われ、一気に血の気が失せてしまいます。重体だ、危篤だと僧侶たちは大騒ぎ。宮も激しく泣き、取り乱します。


御息所は遠のく意識の中で、かすかに女房の声を捉えました。「夕霧さまからのお便りです」……今日もまた手紙だけ?彼は今夜も来ないの?


「ああ情けないこと。やんごとなき皇女がこんなつまらぬスキャンダルの的にされなければならないとは……あの手紙を送ったのも間違いだった」。宮をワンナイトラブの相手にしたのか、さもなければ責任を取れと書いたのに、なんの甲斐もなかった!こんなことって……。


御息所はショックのあまり、絶望のうちに息を引き取ります。あっけない最期でした。物の怪のせいなら息を吹き返すかもという期待もむなしく、御息所はどんどん硬く冷たくなっていきます。


バタバタと葬儀の準備…ますます溝が深まる男女の感情


宮は母の亡骸に取りすがって、後を追わんばかりに号泣します。


女房たちは「もうお亡くなりになられたのですから、お離れください」「亡き人の成仏の妨げになります」などといって、なんとか宮を引き離しますが、彼女の体はこわばって、夢もうつつもわかりません。


いつの間に訃報が知れ渡ったのか、京から続々と弔問がありました。光源氏、頭の中将、朱雀院。涙で何もわからない宮ですが、父朱雀院からのお便りには、自ら返信します。


「早々に火葬するように」との遺言から、早速葬儀の準備が始まります。世話をするのは甥の大和守。地方長官の彼が一族のトップ、という身分の低い家柄です。ちなみに女房の小少将は彼の妹です。


葬儀の準備が慌ただしい中、夕霧が自ら弔問に現れました。急に亡くなったというので驚いて、周りが「慌ててご葬儀に参加するほどのご縁ではない」と止めるのも聞かず、はるばる山荘まで足を運びます。


大和守は近衛大将という大物の直々の弔問に恐縮し、泣きながら挨拶をしました。女房たちも取り乱していますが、なんとか小少将をつかまえました。涙もろいタイプではない夕霧も、この物寂しい山中で亡くなった御息所と、宮の悲しみを思うと胸が詰まります。少し気持ちを落ち着けたあと、小少将を通して宮にお悔やみの言葉を伝えます。


でも宮は「この人のせいでお母様は亡くなられたのよ!最後の最後までずっと、思いつめられて……」と思っているので、返事なんかしようもありません。はっきりいって、夕霧が殺したも同然だと思っています。


女房たちは夕霧の立場に同情し「身分の高いお方が自ら急いでお出まし下さったのです、あまり失礼なこともできませんでしょう」「お返事はなんと?」とせっつきます。が、それでも宮は「あなたたちがいいようにお返事して。私ははもう、なにもわかりません」と、臥せってしまいます。


宮からの返事がもらえないのはしょうがないとして、夕霧には小康を得ていた御息所がなぜ急に亡くなったのかが疑問でした。でも小少将も、夕霧の手紙のせいだとははっきり言えません。


「宮さまも私達も突然のことで気が動転しておりまして……どうかもう少し時間が経ち、落ち着いたころにまた」。彼女も、なんでもバカ正直に話せばいいと言うもんじゃないと学習したのでしょうか。


夕霧は何よりも宮の気持ちを慰めてあげたいと思ったのですが、それも今は難しい。親類縁者でもないのにいつまでもいるのもおかしいので、夕霧はせめてもの志と、家来たちに命じて葬儀の手伝いをさせました。


「うちの娘のどこが悪いの!」モンペ気質が災いした悲劇


夕霧と落葉の宮の仲を早合点した御息所は、ショック死するという衝撃的な最期を迎えました。現代人としては、「死ななければならないほどショックだったのか?」と感じる部分もあるかと思いますので、ここで少しを整理しておきましょう。


まず、御息所の身分です。葬儀を引き受けたのは甥の大和守で、地方長官どまりのいわゆる“中の下”あたりの貴族であることが伺えます。今まで登場した女性だと、空蝉や明石の上などと同じ階級です。


中央に有力な後ろ盾を持たなかった彼女は更衣として入内し、持ち前の才気煥発さから朱雀院(当時は帝)の寵愛を受けます。そして生まれたのが落葉の宮です。


御息所にとって宮を生んだことは、生涯の何よりの誇りでした。大した身分でもない自分が皇女様の母になった!まさに鳶が鷹を生んだような気分だったでしょう。しかし、自らの出自の低さからくるコンプレックスが、「皇女とは独身を貫き、清廉潔白であるべき」といった考えの裏にあるようにも思えます。


御息所の反対もむなしく、宮は柏木と結婚。しかしそれは御息所にとって不満の多いものでした。宮本人より、柏木に腹を立てていたのも御息所です。「うちの子、こんなに可愛いのにどうして大切にしてくれないの?」と。


更に柏木の死で宮が未亡人になったことも、御息所の想いを一層強くします。「何も悪いことをしていないのにかわいそう」。今で言えばちょっとモンペ(モンスターペアレント)気質かも……。そして、起こったのが夕霧との霧の一夜事件です。


御息所としては「未亡人になったとはいえ、皇女が再婚するのはもってのほか」という考えでした。が、律師や小少将の話を聞き、夕霧の朝帰りが事実とわかると、「宮をワンナイトラブの相手にしたのか」と怒りつつも、誠意を見せて責任を取るなら許してやってもいい、と匂わせた手紙を送っています。


このあたり、自分の理想とは反するものの、将来を考えて臨機応変に対応していくのがベストだと考えたのでしょう。冷静で現実的な判断です。


しかし御息所の期待もむなしく、夕霧は2日目も3日目も来なかった。原因は雲居雁ですが、そんな事は知らない御息所はついに絶望し、「そもそも姿を見られて近寄られたのが間違い」と、宮に最期のお説教をして死んでしまいます。


身分の低い自分が生んだ皇女をこの上なく大切に、理想的に育ててきたのに、思惑に反する結婚が残念だった上に未亡人に。更には亡夫の親友に言い寄られて世にも醜いキャンダルの的にしてしまった……。男運に恵まれないかわいそうな我が子!私の大切な娘がどうしてこんな目に!うちの子のどこが悪いっていうの!!……だいたいこんなところでしょうか。


このお母さんの強さに押される形で、当の落葉の宮はついに真実を言えずじまいでした。お母さんの言う“理想”を負わされ、本音を言えない娘。仲がいいだけに抜け出せなかった、母娘関係の重苦しさを感じます。


それにしても、御息所が柏木と女三の宮の関係を知ったらどうなっていたでしょうか。御息所の後悔の激しさを見ると、“女が男に姿を見られる”ことがいかに重大アクシデントだったかがよくわかります。


猫が巻き上げた御簾の向こうにボサーっと皇女が突っ立っていて、それをうっかり見られて間違いのもとに、なんて、この御息所が聞いたらその場で心臓が止まってもおかしくないくらいのショックだったのかなあ、なんて思ってしまいます。


簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。

3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html

源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/


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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか


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情報提供元: ガジェット通信
記事名:「 「いったいこの子のどこが悪いの!?」今夜も来ない絶望……怒りの中に息絶える母……モンペ気質が災いした悲劇 ~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~