ほとんどの人は、毎日多くの人と関わりながら生活している。電話やメールのような技術の発展によって対面で会話しなくても遠くの人と連絡を取ることができるようになったが、人間同士のコミュニケーションが失われたわけではない。むしろ、技術の発展によってやり取りをする相手は増えている。


直接のコミュニケーションでは、言葉や文字以上に目線や表情、身振り手振りといった言外の行動が気持ちを伝えることがある。こうした動きは文化の違いによって異なるものもあるが、無意識にやっている(そして無意識に読み取っている)部分も大きい。


健常者にとっては当然のことだが自閉症を抱える患者にとっては困難なことであり、その仕組みは心理学者たちを悩ませてきた。VRによって対話的な研究が可能になったことで、この問題を説明するための手がかりが見つかるかもしれないという。


言葉を使わないやり取り



言葉によるやり取りならば、外部からの観察や研究が容易だ。だが、社会のいたるところで言葉によらないコミュニケーションが行われている。しかもその多くはほんの一瞬で終わってしまうため、研究対象とするのが難しい。


どこにでもある


Spectrum Newsで例として出されているのは、人と人がぶつかりそうになったときの反応だ。


自分が歩いているのと反対方向に歩いている人が来たら、ほとんどの人はどちらかに寄ってぶつかるのを避けようとする。だが、それは相手も同じだ。不運にも同じ方に避けてしまった場合、気まずい思いをすることになる。


図らずしてお互いの道を塞ぐことになってしまった二人は、無言で「どちらが、どちらの方向に向かって道を譲るか」を交渉することになる。またお互いが同じ方向に動いてしまうと、同じことの繰り返しになるからだ。


会話をしているとき、ゲームをしているとき、あるいはこうしてすれ違うだけのときでも、人と人の行動は相互作用している。ある人の行動が別の人の行動を変えた結果が自分に帰ってくることもあるし、さらに多くの人へと波及していくこともあるだろう。


社会的認知の研究


社会的認知と呼ばれる心理学の分野では、こうした人間同士の相互作用を扱う。だが、この分野で研究されてきた対象は非対話的なものだった。


ほんの数年前まで、実験の参加者は怒りや喜びといった表情を浮かべた人物の写真やイラストを見たり、小説の一場面から登場人物の心情を想像したり、第三者同士のやり取りをビデオで見たりするだけだった。彼らが実際に他の人とやり取りをすることはなかったのだ。


「サリーとアン」のテストは、自閉症の研究で広く利用されているものだ。このテストは「心の理論」をチェックすることを目的にしている。


参加者は二人の人形が登場する物語を見て、一方の人形がその後に取る行動を想像する。この質問に正しく答えるためには、その人形がどのように考えているかを想像できなくてはならない。正答できれば、他者の信じていること、考え、感情を理解できているということだ。


自閉症の子どもは、このサリーとアンのテストに誤った回答をすることが多い。これは人形の気持ちを読み取れていないためであり、それが他者とのやり取りを困難にする原因だと説明されてきた。


だが、自閉症を持っていても成人の多くがこのテストに正しく回答できる。彼らはさらに難しい同種の問題に対しても正しい回答を導き出す。それにもかかわらず、社会では困った状況を経験することが頻繁にある。


この事実は、従来の社会的認知に関する研究の不十分さを示す。自閉症のある成人の社会的相互作用に重要な役割を果たす何かを見落としていることは明らかだ。


他者の登場


社会的認知が扱うのは他者との相互作用であるのに、研究には他者が不在である。


2013年には、社会的認知の研究には他者の存在が必要であり、相互作用をしているときの脳や神経の状態を測定すべきだという主張がなされた。この新しい姿勢は自閉症の解明を進める可能性があるが、実践は困難だ。


正確に調査を行うためには、複数の被験者に対して全く同じ状況を提供する必要がある。だが、他者が関わる実験で繰り返し同じ状況を作り出すのは難しい。この分野の研究ではわずかな目線の動きや声色の変化すらも結果に影響を及ぼす可能性があるという事実を考慮すれば、ほとんど不可能と言っても良いほどだ。


「Joint Attention」については、他者の協力を得て研究が行われている。このJoint Attentionは、他者の視線に合わせて同じ対象に注意を向ける行動のことだ。健常な幼児であれば生後10ヶ月から1年の頃にはこの性質を示すようになる。


この行動は、言語と社会的スキルの発達に重要となる。また、Joint Attentionの欠如や発達の遅れは自閉症を早期に発見するための最も信頼できる兆候の1つでもある。


いくつかの研究では、直接協力者と対面して、あるいはビデオチャットを使ってJoint Attentionを使ったゲームが行われている。ゲーム中にプレイヤーの脳波を測定するのがその目的だ。


だが、この方法には先述の欠点がある。パートナーの役をする協力者も人間なので、全ての参加者に対して全く同じ行動ができるとは限らない。協力者の疲労や、プレイヤーとの相性などもあるだろう。


脳の反応の違いは、Joint Attentionに関わる神経メカニズムの違いを示しているのかもしれない。しかし、パートナーの表情の小さな変化などに対して反応してしまうことも考えられる。


アバターの利用



社会的認知の研究方式として、他者との相互作用を観察すれば実社会での状況により近い反応を調べられる可能性が高い。一方で、実験に第三者が参加することで全く同じ状況を繰り返し作り出すのが難しくなる。また、第三者が作り出す細かなノイズが実験の結果を歪めてしまうことも起こり得る。


バーチャルなパートナー


こうした第三者の参加による悪影響を避けつつ相互作用を観察するための方法として、バーチャルなパートナーを使う方法が考えられた。協力者として実際の人間に参加してもらうのではなく、コンピュータが制御するアバターとのコミュニケーションを観察するのだ。


研究では、Alanというアバターが作られた。画面の中央に表示された顔がAlanだ。


彼は、実験の被験者がどこを見ているかを知っている。実験装置にはアイトラッカーが搭載されており、被験者の目の動きをAlanも追うようにプログラムされているからだ。


Alanは研究者に「完全に制御可能な相互作用」をもたらした。


実験の内容


参加者は、画面上に表示された6つの家のどれかに隠れた泥棒を見つけ出して捕まえるように依頼される。泥棒をたった一人で捕まえる必要はなく、Alanと協力して泥棒を見つけ出すのだ。


Alanと実験の参加者は、それぞれが泥棒を探す。そして先に見つけた側が視線によって相手に泥棒の位置を伝えなければならない。


参加者が先に泥棒を見つけたときは、Alanがアイトラッキングによってその視線を追いかけてくれる。だが、Alanが先に見つけた場合には参加者が彼の視線の意味を理解しなければらない。


Alanは人間と同じように目を動かして泥棒を探す。彼の視線が「ここに泥棒がいる!」と参加者にメッセージを送っているのか、単に泥棒を探しているのかを判断しないと時間を無駄にしてしまうだろう。


健常者と自閉症の被験者


この実験では「目の動きがコミュニケーションのためのものかどうか」を判断する能力がJoint Attentionにおいて重要な役割を果たしていることが示唆された。


参加者がAlanの合図に反応するまでの時間は、彼の行動の意図を判断する時間によって変わってくる。泥棒を見つけたときにだけAlanの目が動くように設定すると、参加者が彼の合図に反応するまでに要する時間は短くなった。


4月に発表された研究では、自閉症の成人を対象にこの実験が行われている。彼らは健常者に比べると少しだけミスが多く、視線による合図に反応するのも遅い傾向にあった。


目線による合図から矢印を表示する方法に変えたところ、反応速度は健常者と同等にまで短縮された。このことから、自閉症の成人が社会で困難を感じやすいのは注意力や目の動きを制御する能力が原因ではないと分かる。


健常者との違いは、社会的相互作用に関する部分に限られているようだ。この実験から、自閉症の患者にはJoint Attentionの障害があり、その影響は成人しても続くことがあると思われる。


一方で自閉症の子どもや成人が画面上のキャラクターの視線に容易に反応するという研究結果もあり、さらなる研究が待たれている。


VRの登場



社会的相互作用の研究において、VR技術は非常に有望だ。


最近ではHTC Viveアイトラッキング機能を追加できるモジュールも発表されるなど、VRとアイトラッキングを組み合わせる例が増えてきている。アイトラッカーのような各種センサーを利用すれば、VRへの入力として視線や手の動き、表情を利用することもできる。


VR空間のキャラクターならば、2Dディスプレイ上のAlanよりもリアルで現実に近い表現が可能だ。現実のコミュニケーションでは視線だけでなく、頭の動き、手の動き、言葉遣い、表情などの複数の要素を同時に評価して判断しなければならない。VRを使えばその状況を再現できる。


研究者たちがVRに期待しているもう一つの役割は、研究の道具ではなく治療のツールになることだ。VRを使ったトレーニングならば、複数の社会的要素を徐々に追加していくことができる。この特徴により、ユーザのレベルに合わせたトレーニングコンテンツを作成可能だ。


大げさな表情の変化とボディランゲージで感情を表現するコミカルなキャラクターとのやり取りに慣れたら、考えが読み取りにくいよりリアルなキャラクターとの会話に挑戦していくことになるだろう。


VRを使ったバーチャルな対話訓練が効果的なのは、自閉症の患者だけではない。社会不安障害のリハビリや、単に人前で話すのを恥ずかしいと感じる人のための練習方法としてもVRコンテンツが利用できるかもしれない。


バーチャルでの対話には難しい面もあるが、多くの人は実際に他者とコミュニケーションするよりも恐怖や不安を感じず、気楽だと答えている。社会的なやり取りに苦労する自閉症の人にとって、またコミュニケーションが苦手な人にとって、VRは救世主になりえる技術だ。


 


参照元サイト名:Spectrum News

URL:https://spectrumnews.org/opinion/viewpoint/virtual-reality-yields-clues-social-difficulties-autism/


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情報提供元: VR Inside
記事名:「 VRが自閉症患者の「他者を理解する難しさ」を解く手がかりをもたらす